自分自身への知恵袋

日々のことやこれまでの経験で得た役立つこと(?)、その他どうでもいいことなど色々書いていこうと思います。不動産投資についても経験談など書いていきます。

【疑問】「お金じゃない、気持ちだ」という主張に「気持ち」が無いと感じる

最近、自分の周りで「お金じゃない、大切なのは気持ちだ。」と主張している人がちらほら見かけるようになった。

 

確かにお金でなんでも解決したり金持ち自慢しているような人を見かけると、いかがなものかと思う。

誕生日会などで出されるケーキにしても高価なケーキだと勿論嬉しいが、安価でも時間をかけて手作りしたケーキだってプライスレスな喜びが得ることができるだろう。

そう考えると「お金じゃない、気持ちだ」という考え方も頷ける。 

 

 

しかし、実際はどうだろうか?少なくとも声を大ににて「お金じゃない、大切なのは気持ちだ。」と主張している人ほど気持ちがあるようには見えない。

むしろ、ケチっているだけで気持ちすら入っていないように見えてしまう。

 

知恵袋に以下のような質問が投稿されている。

「お金じゃなくて、気持ちだよ」って心から思いますか? - 友人の... - Yahoo!知恵袋

 

先ほどの誕生日会であれば相場といったものが決まっていないため、プレゼントするものは人それぞれとなるだろう。

 

しかし、結婚式ともなると話は別だ。

 

相場も確認せずに「気持ち」だとアピールして一万円しか渡さないのはいかがなものだろうか。

相場について検索するとその多くは三万円と出てくるのに、一部のブログで一万円と書いていたから一万円を渡す。そして「気持ちが重要」などと主張するのはケチるための都合のいい理由付けのようにしか聞こえない。

 

 

自分の周りでよく見かけるのが祝儀袋を百均で購入して「祝儀袋なんかにお金をかける必要はない。大切なのは気持ちだ」と主張するパターンだ。

別に袋ぐらいどこで購入したってもらう側としてもあまり気にしないだろう。

 

しかしなぜか百均で購入している人ほど「気持ちが大事だ」と、やたらと主張してくる。

たかだか500円出せば買える祝儀袋にも関わらず、なぜそこをケチって百均で購入し「気持ち」だと主張するのだろうか。

気持ちというのなら手拭いタイプの祝儀袋なども500円程度で販売しているのだから、そういったものを渡す方が気持ちがこもっていると感じられる。

 

先ほどの知恵袋のアンサーにもあるが、気持ちを表すのためにお金や物があるのではないだろうか。

田舎の祖父母に会いに行けば嬉しそうにお小遣いを渡してくれる。これはまさに気持ちのこもったお金ではないのだろうか。

くだらないケチり方をして「気持ち」だと主張しているのは、自分がケチっていることに対する言い訳にしか聞こえない。

 

このような主張をして何かおかしいと思わないのか、甚だ疑問だ。